「ダビマス」でダビスタブームがリバイバル!ダビスタブームと歴史を辿る

ダビスタブームとその歴史

ダビスタ史上もっとも売れたゲームは1995年発売のスーファミ版ダービースタリオン3です。

 

  • 人気の火付け役になったスーファミ用ソフト第1弾のダービースタリオン2
  • ダービースタリオン96
  • プレイステーション版第1弾の1997年発売ダービースタリオン

などが、ダビスタブームの全盛期でした。
現在は、2016年公開のダービースタリオンマスターズ(通常「ダビマス)」のによって、第2次ダビスタブームが起こっています。

 

 

メーカーもダビスタブームを想定していなかった

ダビスタのメーカーはアスキーです。

今でこそゲームメーカーとしての知名度と地位を高めましたが、アスキーの歴史は角川グループが1977年にコンピューター向け雑誌「月刊アスキー」を作るために作られた出版会社でした。
その後はマイクロソフト社と提携してソフトウェアの開発を進め、ベースが出版会社だったノウハウを活かして、ゲーム雑誌のパイオニア的存在でもある「週刊ファミ通」を1986年に創刊します。
この時点でもゲームメーカーとして本格的な活動をしておらず、1990年に入ってサンリオと提携したことで簡易的なキャラクターゲームをリリースします。

初代ダビスタが発売したのは1991年12月のことですが、開発に3年以上かかった歴史があります。
開発者は元アスキー社員の薗部博之氏で、一度アスキーを退社して全ての開発をほぼ1人で行った歴史があります。

 

初代ダビスタの問題点

 

初代ダビスタは関西の競馬場で開催されるレースには対応しないなどの問題点もあり、もしファミコンゲームの大手メーカーが開発していたら2~3年は早い発売が可能になっていたかもしれません。
そうなれば、ダビスタブームや中央競馬盛期の時期が変わっていたかもしれません。

 

 

ダビスタブームに密接な関係があるシリーズ

初代のベスト競馬・ダービースタリオンは、発売後すぐに完売するヒット商品になりました。
それでも売上ランキングで上位に入るほどのヒットではなく、出荷分が少なかったのに対して、購入する競馬ファンが多かったことが人気の要因です。

ソフト販売では実績が少ないメーカーでしたが、これまでにないゲームフローに加えて、自社でファミ通を発行していたことも、ダビスタの魅力をPR出来た要因になったのでしょう。

初代発売の1年後にあたる1992年にはファミコンの全国版が発売され、競馬ファンの中で話題になります。
ダビスタの転機になったのは、1994年発売のスーパーファミコン版のダービースタリオン2です。
強い競走馬を育てるには調教、血統など幅広い要素があることや、レース中は観戦するだけのゲーム内容だったこともあり、データ量とグラフィックが改善されたスーファミ版ダビスタはゲームとしての魅力が一気に高まりました。

 

口コミで広がるイメージ画像

発売当初は大きな話題にならなかったものの、口コミで広がって人気になった歴史を持ちます。
最大ヒット作は1995年発売のダビスタ3で競馬ゲームでは異例の115万本を売り上げます。翌年発売のダビスタ96も90万本を超えるヒットになり、連続した2年に発売した2つのソフトだけで200万本を売り上げる大ヒット作品になりました。

 

その後はプレステ版、セガサターン版、ニンテンドー64版などに進化していきますが、新規ユーザーが一巡したこともあってダビスタブームは一度終焉します。
転機になったのは、ダビスタオンラインで培ったノウハウをスマホアプリに落とし込んだダービースタリオンマスターズ(ダビマス)です。(参照:ダビマスへの進化

 

ダビマスは2016年11月にリリースして、わずか2ヶ月で7.4億円、2017年1月には4.5億円の売上をあげるロケットスタートになりました。

人気の要因は、ブリーダーズカップのような対戦をオンラインで手軽に楽しめるシステムが話題になって、第1次ダビスタブームのユーザーが戻ってきたことです。

話題性になったことが、競馬に興味ない新たなユーザーの獲得に繋がり、2019年2月には200万DLを達成するヒット作品になりました。
現在も大きな大会やイベントは大盛況になっていて、今後もさらにブリーダーが増加していくことが予想されています。